ホラー映画「IT(イット)」に出てくるアメリカ文化の解説と感想(ネタバレあり)
ホラー映画「IT」を見てきました。
結論から言うと、めちゃくちゃ面白かったです。まず、悪役のピエロがすごい、かっこいい。以前映像化されたときはもっとオッサンだった記憶があるのですが、今回の「中のひと」は長身のイケメン俳優らしいので、そのイケメンっぷりがピエロメイクで隠そうにも隠せてない、という感じでしょうか。
喋り方もいいんだよな~。ずるい。こどもを騙すときのずるがしこさがにじみ出る喋り方なの。
あと、CGを駆使してピエロの登場シーン&殺戮シーンをこれでもかと派手に作っているので、単純に見ていて楽しかったです。ビックリドッキリ系お化け屋敷で2時間過ごした、みたいな感じ。
ウワー!
個人的に猟奇殺人鬼などの「現実と地続き系ホラー」は苦手なのですが、これは明らかに「作り物系ホラー」なので全然平気でした。勧善懲悪の要素も入っているので、カタルシスも得られるし。そこんとこはさすが、わかりやすさと気持ちよさを重視するアメリカ映画の面目躍如といった感じです。
さて、そんな「IT」は表向きは至ってシンプルなホラー映画なのですが、実はとっても深くて考えさせられる映画です。
また、劇中に出てくるアメリカ文化について知識があると更に楽しめると思ったので、その点にも触れながら感想を書いていきたいと思います。
ネタバレ満載なので未見の方は見てからどうぞ。
一度劇場で見ただけなので記憶を頼りに書いております。間違いなどありましたらこっそりと教えてください。
以下、ネタバレを含みます↓
☆イヤーブックについて
主人公ビルの弟ジョージィがピエロに襲われるショッキングなオープニングのあと、学校のシーンが始まります。アメリカでは6月に年度が終わり、長い夏休みを経て9月から新しい学年が始まります。このシーンはおそらく終業式が終わったあとのシーンだと思います。
年度終わりに、学校では「イヤーブック(Year Book)」というものが配られます(ていうか、買わされます)。日本でいうところの卒業アルバムのようなものですが、卒業生だけではなく、その年度に学校にいたすべての学生の写真が載っています。
「ビルと仲間たち」対「いじめっこグループ」の小競り合いの場面のあと、ふとっちょキャラであるベンが登場します。
家政婦は見た(違う)
べバリーに「見せて」と言われ、ベンがべバリーに手渡したもの、それがイヤーブックです。それを開き、べバリーは「誰のサインもないね」というようなことを言います。
実はイヤーブックには「サインページ」という箇所があります。そこに友達のメッセージやサインを書いてもらうのです。べバリーは、ベンのイヤーブックにサインをしてあげます。サインページにサインをするのは友達だけです。つまりここでは、ベンにとってべバリーが最初の「友達」であることを示しているのです。このあとベンはべバリーに好意を寄せるのですが、べバリーが可愛かったのももちろんあるとは思いますが(笑)、彼女が最初に「友達」になってくれたことがベンにとっては大きかったのではないかと思います。
ちなみにこの場面で「ニューキッズオンザブロック」という男性グループの話題も出てきますが、これは直訳すると「この地区に来た新しい子(達)」という意味です。もっとざっくり言うと「新入り」とか「転校生」みたいな感じです。ベンの境遇と重なっているんですよね。それもあってベンがニューキッズオンザブロックのファンになったのかどうかは、不明ですが。
☆ユダヤ教徒と、割礼について
この場面より少し前にさかのぼって、ビルと友人たちが会話をしているシーンがありました。メガネキャラ(しかしガリ勉ではない)のリッチーと、クルクルヘアーのスタン、そしてマザコンキャラのエディが初めて登場するシーンです。そこで、彼らが話している内容ですが、ユダヤ教徒の「割礼」について話をしています。
割礼(かつれい)とは、ざっくり書くとユダヤ教徒の男性が子供の頃に行う儀式のひとつで、男性器の先の皮を切る、というものです(グーグルすれば出てきます)。だから彼らはしきりに「あそこの長さが…」というような話をしているんですね。
そしてカメラはスタンの頭頂部を映します。スタンは小さい円形の帽子のようなものを頭頂部に載せています。これはユダヤ教徒がかぶる(というより頭頂部に載せる)装具の一種です。この一連のシーンでスタンがユダヤ教徒だということがわかるようになっていますが、日本で見るお客さんの中にはピンとこないひとも多いのではないかと思いました。
また、このあとのシーンでいじめっこ(というよりただのヤベェ奴)であるヘンリー・バウワーズがスタンの帽子を取って投げてしまいます。ここで、彼が主人公たちを標的にするのは宗教的な側面もあることが示唆されます。ヘンリーは後に登場するマイクのことも「この町から出ていけ」と恫喝します。その理由は明らかにマイクが黒人だからです。ヘンリーは宗教的にも人種的にも差別感情の強い人間として描かれており、この映画の舞台は1990年ですが、まるで今のアメリカの一部を切り取ったかのような人物描写だと思いました。「昔はこんな差別的なひともいたよね」ではなく、「今も全然いるね」という感想を抱かせてしまうのが今のアメリカなんですよね。
ちなみにスタンの父親はユダヤ教のラビ(司祭)のようです。劇中、スタンが読まされているのはへブル語で書かれた旧約聖書だと思われます。厳しい父親のようですが、とはいえ何故あんな気持ち悪い絵画(あとで襲ってくるやつ)を家に飾っているのか、スーパー謎です。
スタン、うしろ!うしろ!!
のちに登場するユダヤ教の集会のシーンでは意外と人数が集まっていたので、そこまで少数派な印象は受けませんでしたがアメリカではユダヤ教徒は多くないと思います。わたし自身もアメリカに住んでいたとき一人だけユダヤ教徒だという子に会いましたが、6年間でたったひとりだけでしたね。まあでも、たまーにいます。少し話がそれますが、この映画にはイスラム教徒の姿が出てきません(たぶん)。これは、当時のアメリカにはまだイスラム教徒がごく僅かしかいなかったということだと思います。数十年で爆発的に増えたということですね。
☆復活祭(イースター)について
ふとっちょベンがデリーの街の歴史を図書館で調べているシーンで、彼が読んでいる資料のなかに「復活祭」に関する記述が出てきます。
「復活祭」とはキリスト教のお祭りで「イースター」とも言います。最近は日本でも商戦に使う企業が出てきています。
イースターでは何をするかというと、大人が卵のかたちをしたお菓子(おもにチョコ)を家のあちらこちらに隠し、子供たちはそれを探し回ります。これは「イースター・エッグハント」といいます。直訳すると「復活祭の卵狩り」ですね。なので、ベンの前には焦げた卵のような物体が登場するのです。ベンは卵を追いかけて地下室へと向かいますが、これは「イースター・エッグハント」をなぞっているのだと思います。
イエス様の復活(死んで蘇ったこと)を祝うイースターで卵が使われるのは、それが「命」の象徴だからという説があります。過去にデリーで、イースターに事故が起き子供がたくさん死んだことをベンは資料から知ることになりますが、イースターという子供が主役の、しかも「命」を主題にしたお祭りで子供がたくさん死ぬということは、アメリカ人にとって想像を絶するほどの悲劇だと思います(日本でいうと子供の日に子供がたくさん亡くなるようなもの)。これは、イースターというお祭りの意味を知らないと伝わりにくいかなと思いました。
☆「LOSER」を「LOVER」に
ピエロと一戦交えたあと、マザコンキャラのエディは腕を折ってしまいます。その後彼は過保護な母親によってビルたちから引き離され、ひとりぼっちになってしまいます。そんなエディのギプスを見て、薬局の娘(べバリーをいじめてる女の子)が「友達いないの?」と聞きます。ベンのイヤーブックとも重なりますが、エディのギプスは真っ白。メッセージを書いてくれる友達が誰もいないからです(ギプスに友達がメッセージを書く風習は日本にもありますね)。「書いてあげる」と言って薬局の娘がギプスに書いたのは「LOSER」。ここは、心優しいべバリーと、めちゃくちゃ性格の悪い薬局の娘との違いを描いているシーンでもあります。
LOSERとは敗者、負け犬のことです。アメリカだと「残念な奴」「人生の負け組」的な感じで使われます。ようは「誰が見てもダメな奴」ってことです。このあと、エディは自宅で必死に「S」の上から赤い文字で「V」と書き足していました。
LOVER=恋人、にしようとしたんですね。ここは笑えるシーンなのですが、字幕での説明がなかったので、もったいないと思いました。それにしても薬局の娘は本当にクソみたいな性格ですが、父親(薬局のオヤジ)もべバリーに対してデレデレしてどうしようもなさそうだったのでこの親にしてこの子ありかなぁと思いました。
あとエディに関していうと、途中で「母親の友人が地下鉄で見知らぬひとからエイズをうつされた」みたいなセリフもありましたね。当時はそんなひどい噂話がまことしやかにささやかれる時代だったんだと思います。
めちゃくちゃどうでもいいことなんですが、途中からこのエディが西村ヒロチョさんに見えてしかたなかったです。顔もちょっと似てるし、早口で細かいことをごちょごちょ言うめんどくさい感じが(※ファンです)。
グーチョキパーで何つくろ~
☆大人たちの冷たさ
「IT」に出てくる大人たちはみな異常なまでに冷たく描かれています。一番ショックを受けたのが、ふとっちょベンがヘンリーたちに暴力を振るわれ「助けて」とまで言っているのに、車で通りかかった中年夫婦は無視して去っていくんですよね。しかも車の後部にはあの赤い風船が…。
これは、「見て見ぬふりをする者も加害者である」ということなのではないかと思いました。よくよく考えてみれば、ビルの弟ジョージィがいなくなる直前にも、彼の姿を見ていた大人はいたわけです。あんなひどい雨の中、子供がひとりで道端にうずくまっていたら声をかけてあげてもいいはずです。でも、それを見ていた女性はそうしなかった。そしたら、ジョージィは消えてしまった。
見て見ぬふりをする大人たちが悲劇を生み出しているということ、また、多くの場合その犠牲者は子供であるということ。これは映画の中の話だけではなく、現実の世界でも起きていることだと思います。
マジでこの映画、ロクな大人が出てきません。特にひどいのがべバリー周辺。明らかな描写はないもののおそらくべバリーに性的虐待をしている父親もクソだし、デレデレする薬局のオヤジもクソだし、「いやらしい女」だとべバリーを罵るエディの母親もクソ。子供を守ろうとしている、大事にしている大人がマジで全然出てこないんですね。ただ唯一、例外なのが黒人マイクを育てている祖父です。彼は「被害者になる前に戦え」というようなことをマイクに教え、この言葉がのちにマイクの命を救うことになるのですが(祖父からこの言葉が出たのは、彼が黒人であり、戦った歴史があるからなのかなと思いました)、「戦う」ということは「傍観者にはならない」、つまり、「関わる」ということなんですよね。傍観者だらけのデリーで、被害者になる前に戦うことを決心したのが本来守られるべき存在である「子供たち」であるというのが、皮肉でもあり、と同時にやっぱり現在の世界のありようを描写しているようにも思えます。
☆「団結」の意味
ピエロとのガチバトルin廃墟のあと、ビルたちは仲たがいをして離れ離れになります。その後なんやかんやあって再び団結するのですが、そのときにべバリーが「敵は分裂を狙っている。団結していないと勝てない」というようなことを言います。
「United we stand, divided we fall(団結すれば固く立てるが、分裂すれば崩れ落ちる)」という言葉がアメリカにあるのですが、このもとになっているのは聖書のことばだと言われています。「団結」は聖書においてたびたび出てくるキーフレーズでもあります。原作にこのセリフがあるのかどうかは知らないのですが、今アメリカでは「分断」が起こっていると言われています。なのでつい、このセリフがアメリカの現状に向けて言われているかのような気がしてしまいました。
ちなみに、「弱い存在が大きなことを成し遂げる」というのも、聖書ではたびたび語られるメッセージのうちのひとつです。
☆恐怖の象徴
ピエロは、子供たちがもっとも恐れるものを見せて、その「恐怖心」を餌にしています。べバリーは血まみれのバスルームを見せられますが、彼女は「女性の体に変化していく自分」を恐れているんですよね。冒頭で生理用品を買おうとするシーンがありましたが、父親にそれを見せていなかったので、実はまだ生理がきたことを父親に言えていないのかもしれません。女性に変化していく自分が嫌で衝動的に髪の毛を切ったりしていましたが、そのいっぽうで薬局オヤジへの媚びっぷりは見事なものでした。ああいう行動ができるのは彼女の環境によるものでしょうが、その環境を嫌悪しつつも影響がにじみ出てしまう感じがとてもリアルでしたね。
そう考えると、ITでは「大人が子供に与える影響」も大きなテーマのひとつなのかなと思いました。マイクの命を救った祖父の言葉もそうですが、ヘンリーの凶暴性は明らかに父親からの影響であり、おそらくヘンリーも虐待されていたのではないかと思います。ていうかヘンリー、井戸から落ちたあとどうなったの?続編では明らかになるの?
ここちょっと笑った
とまあ、たくさん書いてしまいましたが、とにかく本当によくできたホラー映画だと思いました。と同時に、今のアメリカや世界で起きている現象を象徴するような描写も多く、実はとてもメッセージ性の強い作品だとも思いました。
何もしようとしない、関わろうとしない、「傍観者」である大人の犠牲になるのは、いつだって子供、弱者なんですよね。「【愛】の反対は【無関心】である」という言葉がありますが、この映画はまさにそういうことを言っているような気がしました。見て見ぬふりをしてやり過ごしたって、目を背けているその【問題】がなくなるわけではないし、気が付いたときには手遅れになっているかもしれない。これって、日本がいま直面している少子化とか若者の過労死(自殺)とかにもいえることなんじゃないかと個人的には思います。
関わることは戦うことでもあり、戦いは変化をもたらします。傍観者のままでは、世界はなにひとつ変わらないんですよね。そんなことを考えさせられた作品でした。
続編も楽しみ!
映画はもっぱらAmazon Primeで見ています。
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